東京の仕事場で僕はエフエム東京の「アフタヌーンブリーズ」を聞くともなく聞いていた。パーソナリティーの高見恭子は最後の文士といわれた高見順の娘である。彼女の陽気な声がいった。

「次は千葉県松戸市の主婦、ラジオネームは?」

「ぽんちゃんでーす!」

頭のネジが飛んでいそうな声の女は一児の母ということだった。同じ町に住んでいるというだけで恥ずかしくなるようなテンションである。パーソナリティーでさえ、

「ぽんちゃんが子どもを育ててるのって、想像するとコワいですねー」

それはラジオ番組のなかのクイズコーナーで、一問正解するごとに賞金千円が加算される。途中でやめれば六問分なら六千円がもらえるのだが、九問正解しても十問目で間違えればすべてを失なう。頭の悪そうな「ぽんちゃん」は驚いたことに十問をすべて勝ち抜いた。驚いたのは高見恭子も同じだったらしく、

「ぽんちゃんて頭いいんですねー。それでは一万円が二万円になるブイチャレンジ、チャレンジしますか?」

「チャレンジしまーす」

「失敗したら一万円フイになっちゃいますよ。いいんですね!」

「はーい」

そして「ぽんちゃん」はこの勝負にも勝ってしまった。

「おめでとうございます。では二万円おくりますね。ぽんちゃん、何に使いますか?」

「旦那さんがバイクに乗っているんですけどお」

お?

「寒くてジャンパーがぺらぺらなんでえ」

おお?

「あったかいジャンパーを買ってあげまーす」

「あらア。幸せな旦那さんの名前は?」

数日前、妻が嬉しそうにラジオに出るかもしれないといったのを思いだした。そのとき僕は露骨に嫌な顔をして、馬鹿なことはやめろ、といったのだった。彼女はうんとも何とも言わず、ただ笑っていた。

(Chihiro Ichihara,1998)