詩のある風景
天井に水面が映り水の夢
浸透圧に冒された昼
(小島なお『乱反射』)
まどろみを催すような午後。「浸透圧に冒された」という表現が秀逸。作者は17歳の女子高生。母親は歌人。血統がうみだした表現。
07/8/13
陸にある秋のボートに乗つてみし
(正木ゆう子)
お堀端にボートが引き上げられていた。管理人もいない。思わずボートに身をうずめてみるいたずら心。
2005/12/1
ドゥカティは、優美な獣が眠るように待機していた。
(「てのひらの闇」藤原伊織)
都内でも歩道に止められた真っ赤なドカティを見ることが多くなった。そんなドカティは、まさに主(あるじ)がもどってくるのを、じっと目をつぶって待っている忠実な獣のようだ。彼らは、ひとたび主がもどってくるや、歓喜とともに大きく首をめぐらせ、たてがみを震わせる---そんな「優美な獣」にちがいない。
*
秋風や水より淡き魚のひれ
(三橋鷹女『魚の鰭』)
橋の欄干によりかかって川面を見ていると、水量の少なくなったゆるやかな川面にゆらゆら揺れているものが見えた。水温が下がったせいか、いくぶん元気のない大きな魚で、よく見ないと見落としてしまう。水の流れなのか魚のひれなのか、小さなよどみがいつまでもゆらゆら揺れていた。
2005/11/18
もうバスが来る時刻だ。湖畔前のバス停まで行くと、すぐ後ろの木製柵でも手書きの貼り紙を認めた。「犬を探しています」とあり、記された特徴のなかに、「声帯が無いので『ふあふあ』と吠えます」とあるのが気にかかった。
(松山巌『日光』)
声帯がなくて「ふあふあ」吠える犬。会ってみたい。きっとウマが合いそうな気がする。ふあふあ犬に詩情あり。
2005/11/19
秋暑し魚群とまがふ海の照り
(鞠絵由布子『白い時間(とき)』平15)
窓から見る海はほんとうに毎日違う。
秋の海はエメラルド色がいろいろなところに溶け出している。日によってそのまだら文様の位置や大きさが違う。
朝は照り返しで無数のダイヤを散りばめたよう。そのひとつひとつの光輝が顔を撫でて暑い。空気はだいぶひんやりしてきたというのに。
今朝は曇り。昨日までの強い風が一転して音ひとつしない凪。静まった海は岩塩の平原のようだ。
2005/11/11
もうバスが来る時刻だ。湖畔前のバス停まで行くと、すぐ後ろの木製柵でも手書きの貼り紙を認めた。「犬を探しています」とあり、記された特徴のなかに、「声帯が無いので『ふあふあ』と吠えます」とあるのが気にかかった。
(松山巌『日光』)
声帯がなくて「ふあふあ」吠える犬。会ってみたい。きっとウマが合いそうな気がする。ふあふあ犬に詩情あり。
2005/11/19
てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。
(安西冬衛『春』)
先ごろ、皇籍を離れて降嫁した清子さまが卒業文集に記したとして安西冬衛の一行詩が話題になった。皇籍を離れ決然と人界へひとり旅立つ気概を早くに先取していたかのようだ。しかしいくら決然とはいえ、人界にはもう少しよさそうな男もいそうな気もするが。魔王の執事みたいな顔つきの男に清らかな皇女が汚されるイメージにとらわれる。コレスポンデンス(照応)なのか、安西冬衛の詩に次のようなものもある。
犬
彼女は西蔵の公主を夢にみた
寝床は花のやうによごれてゐた
獣姦がモチーフにあると言われている。
*
木村氏が抱え持っている黒く汚れたサチコの小さな足裏を見た時、こいつは子どもとの別れを悲しんでいるのではなく自分の非力に絶望しているのだと分かった。健一と健二は口を開けて放心していた。『グレートハンティング』という映画で、ライオンに食われる父親を見ていた子どもの顔と同じだった。サチコは尚も暴れて、ついには股間からピュッ、ビュッと液を噴き出し始めた。失禁だった。ナマコのような奴だと思った。実に滅茶苦茶で子どもじみている。
(『ハリガネムシ』 吉村萬壱)
第129回芥川賞受賞作。作者は養護学校勤務。全編を性と暴力が覆うが、彼の手にかかると、なぜか滑稽味が漂い、バイオレンス小説でもナンセンス小説でもなく、文学なんだなあ、となる。ぬらぬらと尾を引く後味があるが、なぜか不快ではない。タイトルともなっている次の文に凝縮されている。
アパートに戻りコップの中のカマキリを窓から捨てようとした時、ふと思い付いて新聞紙の上に出してみた。頭を指でピッピッと弾くと、鎌を振り上げてキッとこちらを見て怒る。細かく角度を変える三角形の顔、どこを見ているのか分からない真っ黒の目玉を見ているともっと何かしたくなって、力を込めて指で弾くと頭がちぎれて無くなってしまった。飛んでいった頭の落ちる音が、本棚の裏から聞こえた。首なしの部分から細い糸を垂らしながら、カマキリは盛んに鎌を振り上げて頭を探すダンスを踊った。仕方なく新聞紙で掴んで握り潰すと、尻から真っ黒いハリガネムシが悶え出てきたので仰天した。新聞にペタペタと体を打ちつけながら、女の髪のような光沢を放っている。英語でこの虫をヘアーワームということを思い出し、それが妙に生々しくて全身が総毛立った。慌てて丸めてビニル袋に入れ、蓋付きのゴミ箱に押し込んだ。
