田舎の絆とか人情とか、実際は結構面倒なもんですけど、いろんなものが均一化され、利便性ばかり求められる中で、急速に失われてる。残るのは、システムによって分断されてく孤独だけ。(中略)

東京は回ってるカネも人も多いから問題が見えなくなってるけど、山梨と同じシステムが回ってる。ファストフード、消費者金融、チェーンの居酒屋。(中略)

いつか東京も世界のどっかの中心に吸い取られて、山梨も東京もアメリカの田舎も平べったい景色になって、ある1カ所だけがいつか世界中のすべてを食い尽くすんじゃないか。
(田我流・ヒップホップ歌手)

 

バトルツアーで列島弾道していて、最近、とみに思うのは、どこに行っても、同じ道、同じ信号、同じ町の顔。歩いている人間まで同じに見える。
テレビや映画で見る外国の町も、古いヨーロッパの町やスラム街をのぞけば、日本と違和感がない。
韓国映画のラストシーン。地方の一本道を主人公が歩いているシーンを見ていて、埼玉の県道かと思った。
システムが作り出す効率という景観。
小田原も人口は減っているのに、次々と増えていく似たような形のマンション。そこに感じる気味悪さは、システムにからめとられようとしている予感への抵抗なのか。