釣りは、ふなにはじまり、ふなに終わると、よく言われる。
いい言葉だと思う。
そこで語られている「ふな」は必ずしも生物学的なフナを指しているわけでないような気がする。
シンプルなことから始めたものが、技術と知識・経験が増すにつれ複雑になり道具も多くなっていくが、長い歳月とともに洗練され余計なものが削ぎ落とされ、最後は再びシンプルの境地に収束する。
もともとは子どものころからの憧れで40代からはじめたへらぶな釣り。僕の周囲にはだれもこの釣りをやっている仲間はいないので、「へら」という用語でジャンル化された世界を独習した。そのうち、メーカー主導の競技志向の世界に、ちょっとついていけない、と思うようになった。増える一方の道具にも閉口した。
二年ぐらいしたころ、道具を減らそうと思いたった。
道具と心をシンプルにしていけば、おのずとスタイルが顕現してくるのではないかという願いを込めて、モバイルへらシステムの考察と実証を進めている。
おじさんくささには道理がある。
へらぶな釣りというと、通りがかりの人たちにとっては、もう完全に、むさいおじさんのイメージしかないだろう。公園の池で立ち小便なんかしているところに出くわすと、善良な婦女子ならば、もう死んでしまえ、と思っているにちがいない。
しかし誰しもおじさんくさくなりたくて、そうなっているのではない。立ち小便はともかくとして、長い年月によって鍛えられてきたへらぶな釣りの道具は合理性のたまものであり、その傾向は近年のへらぶな釣りにおける競技志向とあいまって加速している。
合理性をつきつめた道具が、おじさんくささの大きな要因であると考えている。
例えば、へらぶな釣りの必需品のひとつである「釣り台」。こだわりとスタイリッシュさで一般にも人気のアウトドアメーカーであるスノーピーク社は、じつはへらぶな釣りの世界で「銀閣シリーズ」という商品によって絶対的ともいえるシェアをもっている。にもかかわらず、このロングセラー「銀閣シリーズ」のデザインは無骨そのもの。2000年代はじめごろにスタイリッシュな釣り台をめざして「プロミニ銀閣」ラインナップを独自に打ち立て(銀閣シリーズは釣り具大手DAIWAのOEM)、2003年にはなんとグッドデザイン賞も受賞したのだが、2014年現在は入手不可となっている。スノーピーク社のHPからもプロミニのページはリンクされず放置状態。けっきょく従来の無骨な銀閣シリーズのみのラインナップとなっている。
グッドデザイン賞の「プロミニ銀閣」は、オプション類も含めて買っておいてよかったとつくづく思うが、このような素晴らしい商品が廃盤になってしまうというのも、機能性が突出して優先される現在のへらぶな釣りのありかたと関係しているような気がする。確かにプロミニは使いかってや機能性では劣るものがあったのも否めない。
合理性をつきつめていくことが美しさと反比例するということではない。しかしそこにコストの問題が入ってくるとそうもいかない。へらぶな釣りを支えているのは年金生活世代である。
年金生活になっても、男は競争が好きである。今、この瞬間にも、全国のどこかの池でおじさんたちは競争をしている。池ごとに同好会があり、月に一度は「例会」という名の競技が行われるのが一般的で、その競技に勝つために、日々、技術と道具を研鑽しているという事情である。
これはひとつには大手釣り具、釣りエサメーカーのマーケティングも関与しているだろう。僕のように単独でのんびり、しかも一、二尾釣れたらもう帰り支度をはじめてしまうような釣り人ばっかりだったとしたら、市場規模はとんでもなく低下してしまうだろう。
へら釣り師には、一日中せっせとエサを打ち、毎日あれこれ新型の道具を試してもらう必要がある。
そんなわけでリタイヤ後も戦士のように企業貢献せざるを得ないへらぶな釣り世界の構造に、道具面ではしっかり僕も巻き込まれていたわけで、気がつくと、なんでこんな競技志向のモノに囲まれているのだろう、という状況になっていた。
競技志向とデザイン性を両立した商品はすごく高価だし、専門分野における合理性に特化しているため、困ったことに他の用途への応用がきかない。
まずは、へらぶな釣りバッグのカイゼンから着手することにした。
専用グッズをやめ、アウトドアの逸品を試す。
へらぶな釣りバッグはシマノ社製の55リットルのバッカン型を使っていたが、まともに道具をそろえるとそのぐらいの容量と、かさばる形状のバッカン型はやむを得ないとなってしまう。へらぶなのおじさんたちは、いつも、すごい荷物に囲まれている。
そう、まずはへらぶな釣りにおける常識を捨て、ほんとうに何が必要なのかを構築しなおした上で、バッグを検討する。
釣り方にバリエーションを持たせたり、いろいろなエサの中から効果的なものを探すためにはたくさんのモノが必要になる。なので、手はじめに、釣り方を「両ダンゴ底釣り」しかしないことにし、エサもシンプルにした。例えば、基本エサはこれまで4種類を現場で状況を見ながら調合していたのを、あらかじめ家でブレンドしたエサを使う分だけ袋に入れた。これで4袋が1袋以下になった。さらに現場であれこれ違うエサをブレンドしたくなる気持ちを遮断し、水の加減と練り方、指先の感触だけで調整することにした。調合用の数袋のエサがこれでゼロになった。
釣り台は上記のグッドデザイン賞のプロミニ銀閣。
あとは小物類も徹底的に見直しを入れ、削ぎ落とす。
そして、だいたい60リットルあればすべて収まりそうだと見えてきた。上記の競技用シマノ社製へらバッグが55リットルなのに増えているじゃないかと言われそうだが、競技用の場合は55リットルの他に、20リットルほどのエサバッグと重量5.7kgの釣り台も別途持つのである。エサと釣り台の要素も含めつつ、ブラックバス釣りのパッキング・ベイトタックルを納めて60リットルは劇的数値であることが分かっていただけるだろう。
ただバックパックは開口部が狭いのが難点。へらぶな釣り場は足場が悪かったり、狭い釣り台の上で釣りをすることが多いので、釣り中にバックパックの中をごそごそ、なんてやっていると、あらぬものを水中に落としてしまったりしやすい。内容物をさっと見渡せることが重要で、そのためには生地にコシがありカタチが崩れないことと、開口部の広いことが要素となる。
整理すると以下となる。
・背負えること
・カタチを保持できること
・開口部が広いこと
・容量は60リットル程度
・おじさんっぽくないデザイン
なかなか見つからなかったが、半年ほど時間をかけてやっと見つけたのが、いわゆる「3ウェイダッフルバッグ」というジャンルの商品。
なかでもパタゴニア社製「ブラックホールダッフル60リットル」という製品が、条件を満たしつつ細部の作りもよかったので導入。
2012年12月から実釣テストをくり返しているが、特に不満な要素は見つからない。釣りだけでなく、旅行用かばん、撮影機材バッグとしても用途は広い。中学三年の娘が修学旅行のときに、このバッグを貸してくれといって持って行ったのには驚いた。制服にへらぶなエサの匂いがつかなかっただろうか。
<使用期間15ヶ月>
ふな釣りを広く若者にブレイクさせるには、どうしたらいいか。
ローラがスタイリッシュでかわいいHERAグッズを持って、えへっと舌を出しながらへらぶな釣りをすれば、あっという間に1万人の若きへらガールが生まれるであろう。へらガールに牽引され、さらに5万人の幅広い年代層の男性がこのマーケットに加わるにちがいない。
しかし、ローラにへら釣りをやってもらえるかどうかより、そもそもまだスタート段階にも達していない。軽量で機動性が高く、スタイリング要素を盛り込めるような、へらぶな釣り道具と釣りスタイルの原型(プロトタイプ)を考えねばならぬ。
とりあえず2014年は四度にわたるモバイルへらシステムでの釣行を実行。以下のブログに記した。
モバイルへらシステムを考える(1)竿掛け
モバイルへらシステムを考える(2)パッキング
モバイルへらシステムを考える(3)竿
その後、高校二年の娘が部活の合宿に使うと言って、へらぶなバッグを貸してくれと言ってきた。2012年の修学旅行の快挙につづき、これは大成功である。女子高生が自分で持ってみたいと思えるへらバッグであれば(本来はへらバッグじゃないけど)、若者に支持されるへらぶな釣りスタイルへの糸口がつかめそうだ。
(つづく)