こじんまりとした、そして名も分からぬような池が好きだった。
大きなダムが造る貯水池は、ちょっと茫漠なひんやりとした感じがあって、どこからどう見ていいかも分からなかった。無名の池の名を古い碑(いしぶみ)から糺(ただ)し、時には釣り糸を垂れたり、そんなたたずまいを記録することにささやかな喜びを感じていたので、池として一人勝ちに近い人気を獲得していたダムというジャンルについては、これまで少々、冷淡だったかもしれない。

ピストン人生ダムの立地にも原因はあった。
土地の生活の臭いとともにある里池と違って、多くのダムは川をさかのぼった先、人里離れた山深くにあり、ダムを終点に道が終わっていることもしばしば。若いころは行った道を戻るのが億劫で、10km進んで10km戻るようなピストン往復もあるダム湖はどうしても敬遠しがちだった。

それでもたまたま通りがかったダムなどで立ち止まり、観察し記録していくうちに、なんとなく自分なりの見どころというかツボみたいなものが分かってきたのかもしれない。

そして気が付けば訪れたダムは2千基を越えていた。

今、全国のダムの数は3千余という話もある。昔は2千基ぐらいと言われていたように思う。3千あるのか、実際に現地に行って確かめることができた人はまだいないだろう。2千から先は、所在も不確かでアクセスが難しかったり、廃池となってアプローチ路もケモノ道みたいになったり、癖あり難ありのダムたちが並みいる仙境へと足を踏み入れることになるからだ。

これまではダムマニア界の先人たちが激闘の末に残してくれた足跡をたどることができた。おかげで、未知の池をヤブこぎしたり、遭難しそうになることもなくやって来れた。しかし、ここから先はどうだろう。先人の道がないところもあるだろう。ほんとうに3千のダムがあるのかも、よく分からない。ここまでやってきた感覚的には、さすがに3千はないような気もする。

それはともかく、高山の頂上や天空のテラスに穿たれたような天然の山池と違って、大型人造湖である「ダム湖」は基本的にクルマが入れるよう造られていたはずだ。どんな山奥であれ、ほとんどのダムの築造時はダンプなり重機なりが入ったと考えれば、どんな難関ダムであっても必ずや攻略法はあるはず。その点、今後の体力の衰えも鑑み、もはやヘリをチャーターするしか会う方法はないのではないかと諦めそうになってしまう難関の山池に比べれば、ささやかなロマンもまだまだ抱けそうなおもしろさ、手軽さもあると思う。

光が当てられにくい埋没ダムを積極的に空撮し、周辺地形を含めたダム湖の姿を地道に記録していこうと思う。

(2021年8月)

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